新しい通勤のお供、清水義範さん著の【「大人」がいない...】である
読み進めたのはまだ半分くらい
まずは文字に対するイメージの変化から話は始まる
「老」という文字は経験も知識もあって立派な大人の象徴としての存在感が昔はあった
事実、江戸時代の将軍以下の要職には「老中」とか「大老」という肩書の人たちが存在した
まさしく彼らは時の将軍を支える知恵袋の役割を果たしてきたのだ
更に大人の定義として単に肉体的な大人(俗にいうアダルト)と精神的な大人との違いを反対語で示した
肉体的な大人の反対語は子供、精神的な大人の反対語は大人でない人
子供と大人でない人というのは決定的に違うのは雰囲気でご理解賜れるだろう
しかし、子供でも(精神的に)大人な人はいるわけで
単に、子供<大人でない人<大人という数式になるわけではない
又、日本人の「若さ」に対する盲目的な憧れを日本独特の文化として解説している
「可愛い」という表現は日本以外では大人に対する讃辞にならなず逆に侮蔑の言葉として受け取られる
それは大人として(本当の大人かどうかは別にして)認められない言葉として理解され
日本人以外のミームでは決して受け入れられない評価としなってしまうからである
ひと昔前、日本の若い女性が年配の方の仕草や言葉を「可愛い」と表現していたころがあったが「」
あれは海外では全く通じないことなのである
逆に言うとそういう独特な文化を成立させている日本は凄いことなのだとも(私は)思う
別に海外がどっであろうが、それは海外の話で(私の住む)日本には関係のない話なのだと(私は)思っている
どんな結論を導き出して終わるのかは判らないが「ネオテニー」(幼態成熟)という初めて聞く(見る)言葉からの発想はとても面白い
なるほどなぁ~と久しぶりに感心しつつ、少し前に好きだった進化についての考察を思い出したりながらら電車の中で読み耽っていた
カテゴリー「乱読」で前回ご紹介した「本当はちがうんだ日記」は昨日完読したのだが
あれ以降、心に響くエントリーに出会えなかった(残念!←かなり古いか...)
今回は「大人」がいない...は完読後の感想もぜひ書きたいなぁと密かに期待している
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