今日は昼間の仕事中に母親から連絡があった
用件は「病院に見放された...」だった
数年前に腎臓癌を患って癌に侵された一方の腎臓を摘出した
その後に運悪く他の臓器に転移、抗がん剤治療を始めたのだが
残った腎臓の機能も低下している上に抗がん剤が腎臓に大きな負担を懸けることから
人工透析をしなきゃならなくなるほどの治療は担当医とも相談の上で見送ってきたのだが
あまりにも腎臓の機能低下が激しくて癌に対する一切の治療が不可能になったということらしい
余命は長くても一年だと言われたらしい
本人は相当に大きなショックを受けて、いてもたってもいられずに電話をしてきたようだった
いろいろと話したいことがあるというので早めに自宅に戻った
本人は予想ほどは凹んでないように見えたが心の中はモヤモヤした気分で一杯だったことだろう
いろんな話をしながら、私が母親に伝えたのは
ひとつは心が開き直れるようになるまで凹んでいればいいということ
無理して元気さを装うことだけはするな、凹んでいる自分をダメな人だと思うなということ
ふたつめは私も含めて兄弟4人を立派に育てた上げた貴方は十分に生きた価値のある人生を歩んできた
孫7人の成長もその目で見守ってあげることができたじゃないか
そのことを自信と誇りに思って欲しい、そして、そんな自分の人生を自分で認めてあげて欲しいということ
みっつめは後悔のない余命を生きろ!ということ
好きなこと・楽しいこと・自分が生きてると実感できること、その三つだけをしてればいい
それ以外のことは何も考えなくていい、死ぬ間際まで後悔のない生活を送って欲しいと
母親にとっても私にとっても覚悟を決めた日になったのかも知れない
余生をどう生きるのかは母親の心が決めることではあるが
最後には「わかったよ、頑張ってみる」と言ってくれた
死に対する怖は経験したことがないので実感が持てないのだが、きっと見事な生き様を最後の最後までお手本として私や家族に見せてくれることだろう
私も今まで以上に必死にそれをサポートする、母親が生まれてきて本当に良かったと思ってもらえるように...
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